ブログ~多様性の小径~


「原発と私たち」(1)-自然農法家・村上慎平氏のお話から

自然農法家・村上慎平氏との再会

9月26日(月)夜、福島県飯舘村で自然農法による農園と農家レストランを運営していた村上慎平氏のトークライブ「原発依存社会を超えるために:飯舘村での経験から」(明治学院大学国際平和研究所・NPO法人懐かしい未来:共催、@明治学院大学)を聴きにいきました。

村上慎平さんは、昔、日本の国際協力NGOのバングラデシュやタイの農村開発担当駐在員だったので、旧知の仲でした。その慎平さんが、3月11日の福島の原発の事故で、自分の農園を追われるはめになったのです。
URL:http://www.nanaironosora.sakura.ne.jp/
       http://www.nanaironosora.sakura.ne.jp/3.11.pdf

静かで重い話。しかし、彼の人柄でしょう、慎平さんの語り口は、なぜか、すがすがしく毅然としたものでした。

タイから戻った彼は、元々は福島県の田村市出身ですが、飯舘村のエコビレッジ構想に共鳴し、入植したそうです。2002年から自然農法のやり方で土作りに励み、最近は、野菜畑や水田だけでなく、ブルーベリーもよく実をつけるようになり、農園でのブルーベリー摘みや里山での子ども自然体験が軌道に乗るようになった矢先の出来事だったようです。

シーベルトの数値は聞き逃しましたが、現在農園は、表土を10cm以上削っても除染は難しい程の汚染を受けているそうです。農民にとって自分が愛しんで育てた土地を棄てなければならないことは、どんなにか悔しいことだったでしょう。それについて、愚痴1つ言わずに、慎平さんの講演は進みました。

3月11日はやはり停電をしたので、車からバッテリーをはずして情報をインターネットで追ったこと。その夜のNHKのニュースで、1号機の炉心を冷やす水が炉心の上部が出るほど水位が下がってしまったことについて、アナウンサーと解説委員のやりとりでひっかかる点があったこと。その後14日には、1号機だけでなく3号機も水素爆発をしてしまったこと。刻々と事態は深刻になっていったこと。

12日未明には、飯舘村から山形に出て、続けて、奥さんの実家の浜松を経由して、最後は、彼が卒業し現在は理事も務める、愛農学園のある三重に避難して、生活を始めたことが語られました。

原発が奪った生活

私の理解では、原発事故が慎平さんの生活を根こそぎ奪ったのだということです。

自然農法における土作りの大事さを思うと、現在の生活だけではなく、未来につながる生活をも奪ったといえましょう。

1000年に1度の大津波に対応していなかった福島原発。古文書に学べば、大きな津波が来ることは充分に想定できたはずのことなのです。

それを考えると、福島原発の事故は、自然災害ではなく明らかに人災と呼べるでしょう。

しかし、彼は、原発の事故が起こったのが、まだ、福島で良かったというのです。それは、偏西風によって、放射性物質の90%は、東の海に飛散していったからだと言います。

これが、西日本の活断層の上にある原子力発電所での事故だった場合、大阪や東海地方、そして首都・東京も放射性物質により完全にやられるというのです。

私たちにできること

そして彼は静かに叫びました。

僕1人の身に起こったことは、今後近い将来、多くの皆さんの身の上に起こることです。

ですから、一刻も早く原発を止めて、安全対策が万全なのか調べ、議論をしなくてはなりません、と。

そう、地震大国日本にあって、いつ何時、活動期に入った今回の地震が再来するかわからないのです。太平洋プレートが日本列島の下に深く沈み込み、反対に、そのプレートの上のフィリピンプレートの端がピョンと持ち上がったら、再び、マグニチュード8以上の地震が来るでしょう。そうしたら、日本は本当にひとたまりもありません。

私は悔いました。なぜ、原発の危険性について議論することに真面目に取り組んでこなかったのか?脱・原発の動きを知ろうとし、それにきちんとコミットして来なかったのか。

でも、今からでも遅くない。そう思って、10月15日(土)に開催する「原発と私たちを考える勉強会」を企画することにしました。(詳しくは下記をご参照)

URL:http://www.shaplaneer.org/news/2011/09/1-1.html

慎平さんも言います。まず、原発を知ることから初めましょう、と。

そうです。政府が機能しないのであれば、この問題については、市民ががんばるしかないのです。「未来」をそんなに簡単に誰かに預けていてはいけません。自分達で、考えないといけないのです。

また、この講演会の最後の質疑応答では、明治学院大学のK先生が、
「この問題に対して、大学は何かできるのか?」
と問われました。

慎平さんは、すぐに答えられる問題ではない、としながらも、
「何のための学問なのかを考えてほしい。」と言われました。

そうです、何のための科学なのか、技術なのか、は大事な問題です。
とにかく、私は、もっと勉強しようと思いました。

慎平さんも、来年3月11日までは、講演活動に精を出してくださるそうです。僕の経験が皆さんの役に立つなら、そうしていきたいと、言ってくださいました。

そして、福島の人たちとも話せる日が来るといいと思いました。
福島原発の電気を使っていたのは、東京の私たちだったのですから。
10月15日(土)の勉強会、良かったら、おいでください。 お待ちしています。

(追記)本文の内容の文章責任はすべて東 宏乃にあります。村上氏が言ったこととニュアンスの違いがあるとしたら、責任はすべて私にあります。

 

 

コメント (0)

  • まだコメントはありません。

コメントを書く

※投稿すると、自動的にコメント欄の利用規約に同意されたものとみなします。
※投稿後すぐに掲載されない場合があります。 ※HTMLタグは反映されません。

大学での教育や共育ファシリテーターとして思ったことなど、日々の思索をつづっていきます。 価値の多様性を尊重し、さまざまな意見に出会いたいとも思っています。 お感じになったことは是非コメントをお寄せください。よろしくお願いします。

RSS/XMLフィード